父が急逝してしまった

それはもうあっという間の、まるでドラマのような出来事でした。

 

約3ヶ月前。

くも膜下出血でした。

63歳でした。

気づいた時には意識がなくて、病院では、もう手術はできない、と言われました。

 

その日起きた出来事は気が向いたら書き綴ろうと思います。

 

いまは、気持ちを残したい。

 

 

 

私、冷たくなった父の身体にさわれなかった。怖くて、父が死んでしまったということを実感したくなくて。

あまりにも突然のことだったから、しばらく遺影を見るのがつらかった、できるだけ見ないようにしてた。だって、徐々に弱っていったわけじゃないから、記憶の中の父の姿とまるで同じなんだもの。いまはどこかに出かけていて、そのうち帰ってくるんじゃないかって、父がもういないことが本当に本当に信じられなくてただただ驚いてた。

搬送された病院から帰る時、ふつうにいつものように日常を過ごしている人が大勢いて、というかむしろ私たちがいる救急外来の外は日常で、「ああうちのお父さんが死んじゃったのにみんなふつうなんだ、時間は否応なく過ぎちゃうんだ、お父さんはいなくなっちゃったのに」ってなんだかぼーっと感じたのを覚えている。

 

父が亡くなった日の夜は眠れなかった。一睡もできなかった。たぶん、生まれて初めて。

小さいこどもたちを抱えて、乳飲み子を抱えて、お通夜とお葬式を乗り越えなきゃいけないから、体力勝負だから寝なくちゃと思って、次の日は睡眠薬を処方してもらった。

こんな時でも末っ子(当時生後3ヶ月)には母乳を与えて、やっぱり残った人は生きていかなきゃいけないんだって、生きるってつらいなぁって思った。

(その後いろいろあって母乳出なくなってしまって、3ヶ月で母乳はおしまい)

 

私と姉、父のこどもは女だけだったから、男の子も欲しいと思っていた父は、うちの長男が生まれた時は本当に喜んでた。「そのうちグローブ買ってやろう、キャッチボール教えてやるんだ」「結婚式にはでたいけど、まあせめて孫たちが成人するまでは頑張らないと」ってよく言ってた。

お父さん、孫たちまだ3歳と1歳と0歳だよ。こんなに早く逝ってしまっては、みんなおじいちゃんのこと覚えていられないよ。

 

父のもろもろの手続きをしなければならないからすごく慌ただしい日々を過ごしていたけど、ようやく最近落ち着いてきた。

なんだかまだ切ないよ。まだ信じられないよ。

 

酸素が送られなくなって5分で脳の20%は機能しなくなり、しかも脳は回復しない、仮に心臓を動かし続けても意識が戻ることはない、と救急外来の医師から説明された(数字はうろ覚え)。結局手術できないほどの状態だったわけだからもう仕方ないんだけど、「介護って大変だから、お父さんは自分のお父さんお母さんの介護でそれを実感していたから、家族に迷惑かけたくなくてさっと逝ったのよ、とても家族思いなのよ、もともと自分より家族を心配していた人だから」と言った人がいた。確かにそうだなって思った。本当にどこまでも、最期まで、父は父らしく家族を心配していたんだな。「大丈夫」が口癖で、こっちがいくら気遣っても自分の身体には無頓着だった父。父がいなくなってしまってとてもつらいけど、元気に生きていくことこそ父が私たちに望んでいたんだと分かるから、母と夫とこどもたちと一緒に元気に笑顔で生きていこうと思う。

なんて書いてみたけど、本当はまだつらい。